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ネットワークによる視覚的なタリーの伝送で、現場の負担を軽減
近畿広域圏を放送区域とするテレビ放送局である朝日放送テレビ株式会社(以下、ABCテレビ)。同社は2021年4月、IoTを活用して視覚的にタリーを伝えるシステム「AirTally(エアタリー)」を、ラトックシステム株式会社(以下、ラトックシステム)と共同開発し、サブスクリプションサービスとして他局への提供を開始しました。
タリーとは、番組の出演者やカメラマンに、どのカメラの映像を選択しているのかを知らせるランプや信号のこと。有線のカメラであればランプを光らせてカメラマンに知らせますが、中継先などで無線のカメラを使用する場合は、カメラマンのインカムに音で合図をすることになっています。しかし、インカムからはディレクターの指示や、そのとき話しているアナウンサーの声など常に様々な音声が流れているため、タリーをうまく聞き取れないという問題がありました。
当時、制作現場で音声を担当していた荒木 優氏も、これに課題を感じていた一人でした。音声担当はカメラマンのインカムに流れる音の微妙なバランス調整も行っていて、カメラマンが変わればそのバランスの好みも変わり、流れてくる音が多ければそれだけ調整が面倒になってしまいます。また、タリーの音を無線で飛ばすには、そのためのインフラをつくる必要があり、カメラの電波などを受信するために建てられた仮設の足場にのぼって、機材を設置しなければならないことも大変でした。
そこで荒木氏は、中継先で無線カメラを使用する場合にも、ランプを光らせる視覚的なタリーをネットワークに乗せて伝送することができないかと考え、中継車や本社から中継先へ低遅延で送るIoTシステム「AirTally」を考案しました。
現場での利用を繰り返して改良し、日本民間放送連盟賞「優秀」を受賞
最初にAirTallyのプロトタイプをつくったのは、2017年のこと。もともと趣味でシステム開発などをしていた荒木氏は、わからない部分を本などで勉強しながら、日常業務の合間にすべて自作で形にしていきました。
通信には従来の無線ではなく、携帯回線でインターネットを使いたいと考えていたことから、大手キャリアや格安SIM、そしてSORACOMを検討。しかし大手キャリアは、一度契約すればすぐにはやめられないなどの制約があり、契約に柔軟性がないことが懸念点でした。一方、SORACOMは従量課金制で、1枚から利用できて回線数も簡単に増やすことができます。格安SIMと比較しても柔軟に利用できることから、SORACOMに決定しました。
こうしてつくった最初のAirTallyは、いいものであれば本番ですぐに使わせてもらえるというABCテレビの方針もあって、現場で実際に使っては直すことを繰り返し、改良していきました。
そして2018年、日本民間放送連盟賞で認められ、「優秀」を受賞しました。この受賞をきっかけに、他局からも「AirTallyを自社でも使いたい」と要望が聞かれるように。会社としても世に出したいという意向があったことから、サービス化を目指すことになりました。
専門企業と提携し、本格的なサービス化に着手
サービス化における課題は、ソフトのみならずハードも自作であることでした。そこで荒木氏は、「他社に提供するのであれば、きちんと耐久性や安全性のあるハードにしたい」と構想。ソフトウェア面やクラウド(Amazon Web Services 以下AWS)も理解しながらハードウェアの製作を任せることができ、加えて販売管理から顧客管理、営業、保守まですべてを担当してもらえる会社として連携したのがラトックシステムでした。
共同開発では、ラトックシステムがハードウェア、荒木氏がソフトウェアという形で、役割を分けました。試作機ができれば、荒木氏がすぐにABCテレビの現場でテストを行い、「ハードの耐久性をもう少し高くしたい」「カメラに付けやすいようにこういう形にしてほしい」など、実際の運用に即した要望をラトックシステムに伝えて、改良していきました。「うまく役割分担できたことはもちろん、自社内の現場で何回もテストできたことも、開発における大きなメリットでした」(荒木氏)
現場の要望を反映した仕様を実現。大きなイベント中継での活用も進む
サービスとして完成したAirTallyは、「親機」が中継車やサブシステムとの接点からタリーの情報を取得し、AWSを経由してカメラに装着した「子機」にタリーを伝送すると、ランプが光ってそのカメラの撮影を知らせる仕組みです。
また、子機にはGPSの受信機を内蔵し、中継車やサブシステムからカメラの位置を把握できるようにして、映像の演出にも役立てられるようにしました。この機能は現場の要望を汲んで実現したもので、かつてはカメラの位置も無線で伝えていましたが、その手間もなくすことができました。
AirTallyは、すでにABCテレビの局内で日常的に使われています。サービス化の目的でもあった他局への提供も進み、ABCテレビと同じANN系列のテレビ局からの需要が高まっています。すでに、名古屋テレビ放送が中継した全日本大学駅伝対校選手権大会や、九州朝日放送が中継した福岡国際マラソン選手権大会といった大きなイベントでも活用され、問題なく役割を果たしています。
放送業界で話題の、クラウドを利用した中継での活用にも期待
「今後は、大々的に行われるスポーツ大会の中継だけでなく、モバイル回線で映像を伝送するような簡易的な中継の現場でも当たり前のものとして普及していってほしいですね」と荒木氏は語ります。
また、開発において会社間の関係づくりや契約の締結などを担ってサポートした土井 匠氏は「近年、放送業界で話題になっている『リモートプロダクション』というクラウドを活用した中継にも、AirTallyが活用できるでしょう」と期待を寄せます。すでにこういった需要を見越して、荒木氏はソフト面の改良も行いました。
土井氏はほかにも、AirTallyの仕組みを応用してできることがないか思案しているとのこと。「AirTallyは、その仕組みを単純化すると、外部にあるLEDを低遅延でぴかっと光らせるシステムだと言えます。これは放送業界以外にもどこかで応用できるのではないかと考えているんです」(土井氏)
日常業務をこなしながら、すき間時間を使って開発した荒木氏は、IoTの今後への期待を次のように語りました。「アイデアは持っていても、それを具現化するのは非常に難しいと思います。でも、とにかく少しずつでも手を動かし、ちょっとしたプロトタイプでもいいのでつくってみてほしい。一方で世の中には、そういったプロトタイプがつくりやすくなるようなサービスや商品がもっと広まってくれればいいなと思いますね」(荒木氏)
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